部屋に戻って一眠りして起きたら、既に時間は9時 をまわっていた。  俺は、どうやってちはやとかすみに謝ろうか、思案 しながら階段を降りた。 \ 「おはよう、兄さん。パン、焼く?」  実際、それは拍子抜けするくらいの普通さだった。 「…兄さん?」 「あ、ああ。うん。頼むよ」 「OK」  ちはやは鼻歌まじりでトースターにパンを入れる。  …そういや、いつだってこうだったかもしれない。  どんなに大喧嘩しても、一晩寝て起きれば元通り。  あえてほじくり返したりしなければ、何もなかった かのように、日常は続いて行く。  あるいは、日常を続かせるためにこそ、俺たちは、 いろいろなことを忘れようと努力するのだ。  なのに、俺はうっかりそれを口にしてしまった。 \ 「もう怒ってないのか…?」  ちはやが無言で振り返る。  …しまった。 「…本当に、聞きたい?」  にっこり笑うちはや。 「い、いや、その、別に…。わ、包丁をこっちに向け るなよっ!」 「今回は、忘れてあげるわ。二度目はないわよ?」 \ 「うん…ごめん。でも、別に変なこと考えてたわけ じゃないぞ?」  ちはやは、いたずらっぽく笑う。 「どうかしらねぇ?」 「ほ、ほんとだって! あの時はちょっと考え事して ただけで、だから…」 「兄さんったら、冗談よ。そんな必死にならなくても いいのに」  チン、という音がして、パンが焼き上がる。  ちはやは、少し焦げ目のついたトーストにバターを 塗って、俺の前にそれを置いた。 \ 「そういえば、みんなは?」 「ん? ひなたとみさとは、二人で出かけたみたい。 さやかは部活」  どうりで珍しく家の中が静かだと思った。  だけど、いつもならキッチンにいるのはちはやじゃ なくて…。 「…かすみは? 「ちょっと熱があるみたい。本人は平気だって言うん だけど、すごく顔色悪いし、休むように言ったの」 「熱? 大丈夫かな…」 「まあ、疲れが出たんじゃないかしら。心配なら、後 で様子を見に行ってあげれば?」 「…そうだな」 \  昨日の件で、もう嫌われてるかもしれない。  それでもやっぱり心配してしまうのは、身勝手かも しれないが本当のことだった。 \  なるべく小さく、かすみの部屋のドアを叩く。  返事はない。やはり眠っているようだ。  静かにドアを開け、かすみの様子をうかがう。  ちはやの言う通り、熱があるのだろう。顔が赤い。  俺は、ちはやから預かった熱冷まし用のシートを、 かすみのおでこにそうっと貼り付ける。 「ん…」  かすみが小さく声をあげた。  起こしたかな、と思い、慌てて手を離す。  が、目を覚ましたのではなかった。  眠ったまま、わずかに眉根をよせると、ごそごそと 布団をずり下げはじめる。 \  きっと、熱のせいで暑いのだろう。  俺は窓を少し開けて外の風を入れながら、しずかに 布団を掛け直す。  すると、今度は足で布団を蹴ってしまう。  意外とやんちゃな寝相に苦笑しながら、またそれを 掛け直す。  これは、しばらくついててやらなきゃ心配だな。 \  そういえば、さやかやみさとがまだ小さかった頃も よくこうして布団を直してやったな…。  こんな風に眠っているかすみを見ていると、この子 は本当にまだ子供なのだと思う。  昨日の自分の大人げのなさが、心底恥ずかしい。  俺はこの子を守ってやるべき立場なのに。  初夏の爽やかな風が、レースのカーテンを揺らす。  心地よい郷愁に包まれて、俺はしばらくその場で、 かすみの寝息を聞いていた。 \ 「あ、兄さん。かすみは?」 「よく眠ってる」 「じゃ、今のうちにお買い物に行っておこうかしら」  ちはやが食卓を片付けながら言う。 「兄さん、その間かすみを見ててね」 「え?」  ぎくっとした。  今の状態でかすみと二人きりにされることには不安があった。 「おかゆを作ってあるから、目を覚ましたら、それを温めて食べさせてね。薬もちゃんと飲ませて」  てきぱきと出かける準備をはじめるちはや。  俺は慌ててそれをさえぎる。 「いや、買い物なら俺が行くよ」 \ 「でも、食事の材料とかも買わなきゃいけないし」 「ちょっと用事があって、どうせ出かけるから。何を買えばいいかメモ書いてくれれば買ってくるよ」 「そう…? じゃあお願いしようかしら。洗濯や掃除もしなきゃいけないし」  ちはやが、チラシを見ながら買い物リストを作ってくれた。 「じゃあお願い。遅くなるようなら電話してね」 「わかった」  俺はメモと財布を渡され、家を出た。 \  用事があるなんていうのは口からでまかせだった。  かすみにちゃんと謝らなければ、とは思うものの、 心の準備がまだできていなかった。  根性なしと言われようが、かすみが俺を嫌っているかもしれないという現実と向き合うのを、先延ばしにしていたかった。  俺は、駅前のショッピングセンターの駐車場に車を止めて、しばらく時間をつぶすことにした。 \  スーパーの入り口で立ち止まり、思案する。  今、頼まれた買い物を済ませてしまうと、すぐ帰らないとナマ物が傷んでしまうな。  買い物は後回しにすることにして、とりあえずお茶でも飲んでのんびりするか。 \  外はすっかり夏の日差しで、少し汗ばむくらいだ。  アイスコーヒーを飲みながら、窓から行き交う人々をながめてぼんやりしていると、 「あらっ、こんにちは!」  見覚えのある女が声をかけてきた。 「あれ…店長?」  かすみの服を買った、あのブランド店の店長だ。 「学生さんが、こんな時間になにしてるの? さては サボりだな〜?」 「今日土曜だよ。店長こそ」 「失礼ね、あたしは正当な休暇よ。あ、ここいい?」  返事を待たずに前の席に座り、にっこり微笑む。  そういえば、店ではいつもパリッとしたスーツ姿の 人なのに、今日はジーンズに綿のセーターというラフ な服装だ。 \ 「そういう格好もするんだ」 「プライベートだからね。毎日スーツじゃ肩が凝って しょうがないのよ」  手を上げてウェイトレスを呼びながら、ハンカチで首筋の汗を拭う店長。  Vネックから胸の谷間がのぞき、ドキッとする。  スーツの時は、いかにもキャリアウーマンといった 雰囲気で、それはそれでそそられるのだが。 「そういうのも、なんか新鮮…かな」  ニットごしの豊かな胸に目を奪われながら呟く。 「やだもう。どういう意味よ、スケベ」 「って、どっちが?」  顔を見合わせて、どちらからともなく淫靡な笑みを 交わす。 \  店長がテーブルの下から足を伸ばして、さりげなく俺の股間に触れる。 「…ねえ。時間あるんでしょ?」  そう。俺たちは、そういう関係だった。 \ 「このへんに住んでたんだ?」 「最近ね。越してきたの。店にも近いし」  駅を挟んで俺の家とちょうど反対側、新築で明るい マンションの一室。 「ふぅん。それって、単なる偶然なのかな?」  俺は彼女の店の顧客だ。  DMなども来るのだから、当然俺の住所は店の顧客 台帳に記載されている。 「ふふっ…どうかしら?」  店長は艶然と笑って着ているニットに手をかける。 「ちょっと待って」 「え?」  セーターを捲くりかけた手が止まる。 「脱がせる楽しみを俺から奪わないでよ」  俺は彼女の腰を引き寄せた。 \  店長と最初に寝たのは、いつだっただろう。  たしか、俺がまだ高校生の時だ。  ちょっと背伸びして彼女の店を訪れた俺をすかさず 食っちまうんだから、相当悪いお姉さんだよな。 \  背後から抱き締めて、深いVネックのセクシーな胸 元から手を滑りこませる。 「…あれ?」  直接手に感じる、柔らかい感触。  ツンとした突起。 「まさか、ずっとノーブラだったの?」 「うふん。だって、こういうザックリしたニットだと 分からないでしょ?」  彼女の手が後ろに回ってきて、もどかしそうに俺の ジーンズに覆われたペニスを撫でる。 「スケベだなぁ。知ってたけど」  俺は苦笑しながら、すでに固くなっている乳首を指 で摘み上げた。 \ 「あぁん…」 「ノーブラで胸を揺らしながら街を歩いて、男に視姦 されるのを楽しんでたんだろ?」 「いや…そんなこと…あふっ」 「誰かに見られてるって思うだけで、乳首が立って、 あそこがびしょ濡れになるんだろ?」 「そんな…そんなこと、んっ…ない…」  こうして言葉で攻めるだけで、もう腰をビクビクと 震わせている。 「本当かなぁ?」  俺は右手で胸を愛撫しながら、左手をセーターの裾 にもぐりこませる。 \  ベルトはしていない。かなり大胆なヒップハングの ジーンズは、ヘソどころか腰骨まで露出している。  固く尖った乳首を掌で転がしながら、ジーンズの ファスナーを下ろし腰骨を撫でさすると、店長の腰が ガクンと崩れる。 「あぅん…も、だめぇ…」 「こんなとこでも感じるわけ? …じゃ、ここは?」  ジーンズをずり下げ、薄いショーツの上から、彼女 の大事な部分に指を這わせる。 「ふぁ…!」  くちゅ、と湿って音がして、濡れた生地が肌に張り つく。 \ 「もうこんなじゃない。やっぱり、見られて濡らして たんだ」 「ちが……いま、触られてるから…あんっ」 「今? 今のだけでこんなになったの? 嘘だね」 「ひあ…っ!」  ショーツの中に手を入れて、すでに固くなっている クリトリスを指で撫で上げる。 「ああっ! そこ…そこいいのぉ、もっとぉ」 「いいの? ここ? ここがいいの?」  クリクリと指の腹でそこを嬲る。 「あ、あ、あ、いいっ、いいのっ」  店長の腰が、何かを求めるようにいやらしく動く。  だが俺は、そこで手の動きを止めた。 \ 「あ…やだ、やめないで…」 「嘘つきなひとには、してあげない」  店長が振り返って、恨みがましい目つきで俺を見上 げる。 「そんな…」 「ちゃんと、本当のことを言ってよ。ノーブラで街を 歩いて、濡らしてたって」 「う……」  腰をもぞもぞと動かし、視線を落とす店長。 「……してました」 「え? よく聞こえないなぁ」 \ 「ぬ、濡らしてました! エロジジイに胸をジロジロ 見られて、そしたら乳首が立ってきちゃって、それが 擦れて感じちゃって、あそこも濡れてきちゃって…」  堰を切ったように恥ずかしい告白をする店長の唇を 俺のそれで塞ぐ。 「ん…んんっ」  唇を離すと、透明な糸が一筋つうっと伝った。 「よくできました。ごほうびだよ」  俺は再び指をショーツに潜り込ませる。 「んあっ…! ああ、そこぉ…っ」  親指でクリトリスを弄りながら、潤みきったところ に中指を差し込む。  店長は首を仰け反らせてひときわ高い声をあげる。 \ 「ああっ…ゆび…もっと」 「もっと? こう?」  中に沈めた指を激しく動かす。 「あんっ、いい…。ねえ、ゆび、1本じゃイヤ…」 「…欲張りだなぁ」  苦笑しながら、俺は人差し指も突っ込んだ。 「ああん! もっと、ほしい…」 「いいのか? ひろがっちゃうぞ」 「いいの、ひろげてぇ…いっぱいにしてぇ」  まったく…。  珍しく俺が主導権を握ったはずだったが、いつでも 結局は彼女の思い通りに動かされるんだよな。  俺は差しこんでいた指を一旦引き抜き、人差し指、 中指、薬指を揃えて一気に突き入れた。 \ 「はあんっ! ひろがるぅっ!」  きゅうきゅうと指が締めつけられ、指の隙間から、 愛液が滴り落ちる。 「あ、イく…イっちゃうぅ…!」  ぎゅっと両足で俺の手を挟みこみ、ぶるっと下肢を 震わせる。 「い、痛て…ちょ、ちょっと!」 「ああっ、いいわっ、イってるぅ、イってるのぉっ」 「あのな、それはわかったから…」 「いやぁ、きもちいいのぉ」 「痛ててて…手が攣りそうだから、離してくれぇ」  必死に腿の間から手を引き抜く。 \ 「ってー…」  トロリと透明な液体が手を伝う。 「あぁん、もう…。ん…」  店長が滴り落ちるそれを、舌で舐めとる。 「…美味しいか?」 「ん…ちゅ…すっごくエッチな味」  膝のあたりに絡まっていたジーンズとショーツを、 もどかしそうに脱ぎ捨て、俺の首に腕を回す。  膝を俺の脚の間に差しこみ、弾力のある太腿で股間 を擦り上げながら、耳元でささやく。 「もう、これ、欲しい…」  言われるまでもなく、俺のほうも臨戦体制は整って いた。 \ 「うん、じゃあ、ベッドへ…」 「いやっ、もう待てない!」 「うわ!」  その場で押し倒され、フローリングの床に後頭部を したたか打ちつける。 「痛てっ! 危ないなぁ、もう」 「うふ、ごめぇん」  店長は気にする風でもなく嬉しそうに俺のジーンズ のジッパーに手をかける。 「窮屈そうでちゅね〜。今おねえさんが出してあげま ちゅからね〜」 「そのしゃべり方、やめてくれ…」  なんでそんなに楽しそうなんだ。 \ 「ん! 元気いっぱいでちゅね〜。食べちゃうぞ〜、 ぱくっ」 「うわ…!」 「んー、んぐ、んぐ」  いきなり深く咥えられ、喉の奥の粘膜に亀頭が捉え られる。 「ちょ…う、うわ…!」  あまりの気持ちよさに、反射的に腰を引きそうに なったが、下は床だ。逃げ場は無い。 「ん、んふっ…ふぐ…」  店長がくぐもった声を上げると声帯が震え、くすぐ られるような快感が湧きあがる。  俺の意思に反してビクビクと震えるペニスを柔らか な舌で制御しながら、手で睾丸を弄びはじめる店長。 \  だめだ。すんげぇ気持ちいい…。  俺は敗北感に打ちのめされながら、吐息をもらす。 「んふ?」  店長は悪戯っぽく笑いながら、ペニスを咥えたまま 俺の目を見つめる。 「…降参。イきそうだ」  俺は観念して目を閉じた。  それが合図のように店長の頭が激しく動き始める。  裏筋に、亀頭に、尿道口に、まるでそれ自体が独立 した生き物みたいな彼女の舌が躍る。 \  吸い上げたりチロチロと舐めたり、せわしなく執拗 な責めに、思わず声が漏れる。  店長は亀頭を強く吸いながら、手で竿の部分をしご きはじめた。  幹を精液が勢いよく駆け上って行くのを感じる。  一瞬の後、それは激しく爆発した。 「んっ…んくっ、んくっ…」  店長は喉を鳴らして飲みこみながら、最後の一滴ま でも搾り取ろうとするように、なおも吸い上げる。  俺が脱力したまま目を開けると、ちゅぽん、と音を 立てて唇を離した。 \  やや元気を失ったペニスには、赤い口紅が何筋もの 跡を残していて、いかにも卑猥だった。  …まるで食われたみたいだ。  そう思っていると店長が満足そうな笑顔で言った。 「んふ、ごちそうさまでしたぁ」 「はあ…おそまつさまでした」  そう返すしかない。 \ 「ふふっ、まだまだ元気ねー。すぐできる?」 「い、いや…ちょっと休ませてくれ」 「そう? じゃあビールでも飲もうかな…」  店長はあっさりと俺の身体の上から離れて、冷蔵庫を開ける。  その間に、俺は床の上に座りなおして、中途半端な状態の服を脱いで、きちんと畳む。 「相変わらず神経質ねぇ…」  キッチンから店長の呆れたような声。 「あなたも飲むでしょ? はい」 「わわっ! 投げるなよ」  慌ててキャッチした缶ビールを開ける。 「おわっ!」  泡がこぼれ出て、裸の胸を濡らす。 \ 「あーあ、もったいなーい」  店長が駆け寄ってきてシュワシュワとはじけている泡を舌で舐めはじめる。 「くすぐったいよ。拭くものないの?」 「だーめ。じっとして」  クスクスと低く笑いながら、再び俺を押し倒して、俺の上に馬乗りになる。 「飲めないだろ、この状態じゃ」  これじゃさっきと同じだ。  形成逆転のチャンスを伺うべく抵抗を試みる。 「じゃあ、あとでね」 「あ!」  店長は俺の手から缶を奪い取ると、テーブルの上にそれを置いた。 \ 「ひっでぇ…」  すでに手の届かない場所にある缶を、未練がましく目で追っていると、店長の手が伸びてきて、俺の顔を自分の方に向けさせる。 「あ・と・で・ね」  にっこり微笑むその顔は、これ以上逆らわない方がいいことを暗に告げていた。 「もう充分焦らしたでしょ? ほら、もうこんな…」  そう言いながら俺の手を股間へと誘導する。  確かにそこはしっとりと蜜をたたえていた。  ちゅぷっ。  指が中に沈むと同時に、押し出されるように愛液がこぼれ落ちる。 \ 「あんっ…」  甘い声を上げて腰をくねらせる店長の、いまだ着たままのニットの襟ぐりを大きく広げ、ずり下げる。 「やだ、伸びちゃう……ああっ」  ぐっと広がった襟ぐりから、乳房があらわになり、 乳首で引っかかる。  かまわずそのまま乱暴に下に降ろすと、こぼれ出た乳房が大きく揺れた。 「伸びたら新しいのをプレゼントするよ」 「んっ…ほんと? でも、少し痛いわ」  そりゃそうだろう。本来、頭を通すところに身体を無理矢理通してるんだから。  今は乳房の下で止まっているニットは、いくら伸縮性があるとはいえ、かなりキツそうに店長を拘束していた。 \ 「ああっ…跡が残ったら、困るわ…」  店長が動けないのをいいことに、そのまま腰をずらして位置を合わせ、ゆっくりとペニスを押しこんだ。 「ふぁ…っ! や、入ってくるぅ」  悲鳴のような声を上げる彼女の腰を掴んで、激しく突き上げる。 「あ、やあっ…あっ、あっ、あっ!」  店長は上半身をガクガクと震わせて悶える。  セーターの裾からのぞくヴァギナにペニスが出入りするたび、グチャグチャと湿った音が立つ。  俺は腰にあてがった手を少し上にずらし、脇腹を指でくすぐった。 「やだ、そこ、くすぐったい」  店長がクスクス笑う。 \  笑い声に合わせて横隔膜が震え、その振動が彼女の 膣を経て俺のペニスに伝わる。  なんだか面白くて、俺はさらに彼女の体のあちこち をくすぐった。 「あっ、だめだってば…」  身をよじって俺の手から逃げようとするが、簡単に 逃がしたりはしない。  下から不規則に突き上げながら、なおも敏感な部分 ――脇腹や足の裏や背中の窪みを、くすぐる。 「もうっ、いいかげんにしないと…やんっ!」  背筋に沿ってつうっと指を這わせると、彼女はのけ ぞるように身体と膣をビクビクッと震わせた。 \ 「いいかげんにしないと、なーに? すごく感じてる みたいだけど?」  俺は上半身を起こし、座位に直すと背筋からお尻の 上の窪みの部分を何度も指でなぞる。 「やっ…ちが…くすぐったい、の…」  店長は俺の肩を不自由な手で押しのけようとする。  俺はそんな彼女の腰を強引に抱き寄せた。  くちゃっと湿った音がして、俺のペニスが彼女の中 に深く沈みこむ。 「あ、ああ…っ!」  青白い首筋をのけぞらせた店長が、俺の腕の中で裸 身を引きつらせる。 \  声もでない様子で、イヤイヤをするように首を横に 振りながら、下腹を小さく痙攣させている。  その間も膣は幾度となく俺を締め付けては広がり、 精を絞り取ろうとうごめいていた。  この年上の女をイかせたことに俺は満足していた。  綺麗に手入れされた長い爪が肩に食い込んでくるの さえ、快感に思えた。 \  しばらくは、じっと彼女を抱きしめていた。  店長は、全身の痙攣がおさまると、脱力したように 俺の肩に頭を預けて息を整える。  俺はそのうっすらと汗がにじんだ背中に、もう一度 指を這わせる。 「あぁ…だめ…」  まだ身体中が敏感なのだろう。  店長は弱々しい声で抗議しながら、ガクガクと全身 を震わせる。  そっと背中に回した手で店長の身体を支えながら、 彼女を拘束していたセーターを脱がせた。  そうしておいて、俺は彼女の上に覆い被さり正常位になる。 \ 「いくよ?」  耳元でささやくようにそう告げてから、一旦身体を 起こして彼女の両足を肩に掛ける。  彼女の体を折り曲げるように、俺は腰を進めた。 「あっ…いや、そんなっ…。深すぎる…」  完全に根元まで埋め込むと、店長の体は二つに折り たたまれたようになった。  お尻が少し浮き上がり、ほぼ真上を向いた膣口に、 俺のペニスが突き刺さっている。  より深く繋がるためにそうしたのだが、その時、目 の端に鮮やかな赤が目に入った。  手の指と同じように綺麗に手入れされた足の爪。  こんな所にまで気を配る女ってやつに少し呆れなが ら感心して、俺は赤く光っているその指を口に含む。 \ 「あ、いやあっ!」  ほとんど悲鳴のような声を漏らす店長。  それを無視して、指と指の間を舌でくすぐりながら 腰の抽送を始める。 「あ…あ、や、やめてっ…」  うわごとのように弱々しく声をあげる店長。  俺はかまわず舌を足の裏に移動させる。 「きゃあっ!?」  店長はブルブルと腹筋を震わせ、のけぞる。 「いやぁ…やめてよぉ…死んじゃうぅ…」 「気持ちよすぎて? ほんと、スケベだよね」 「ちが…あ、ひぃんっ…」  弱々しい抗議をさえぎって、足の裏をしつこく舐めながら、手でも脇腹をくすぐる。 \ 「や、はうっ…! ほ…んとに…や、なのおっ…!   もう、くすぐるの、やめてぇ…」  店長の声は、ほとんど懇願になっていた。  俺はそんな反応が逆に面白くて、いっそう激しく腰を使いながら、くすぐり続けた。 「や…いやあっ…!」  身を捩って、俺の手から逃れようとする店長の肩を力いっぱい押さえつけ、なおもくすぐる。  俺は完全に調子に乗りすぎていた。  そういう自覚はあった。  でも、もう俺の手は止まらなかった。  年上の、いつも俺の方が手玉にとられていたような相手を力で組み伏せることに、興奮しすぎていた。 \ 「やめてったらっ!!」  パンッ!  頬が熱くなる。  驚いて店長を見ると、涙目で俺を睨みつけていた。 「嫌だっていってるでしょっ! 本気かどうかくらいわかんないの!?」  肩で息をしながら、そう一気にまくし立てる。  俺は一瞬呆然としたが、その後すぐに頭に血が昇るのを感じた。  なにも本気で叩くことないじゃないか。  自分だって歓んでいたくせに。 「きゃあっ!」  気がついたら、店長を叩き返していた。 ¥ 「なにすんのよっ!」  ぶたれた頬を抑えながら、それでも強気で言い返してくる店長を、背後から組み伏せる。 「やだっ! やめてよ! 強姦する気っ?」  何が強姦だ、最初に俺に強姦まがいのことをしたのはそっちの方じゃないか。  俺は、じたばた暴れる彼女の首筋を押さえつけて、バックから強引にペニスをねじ込んだ。 「や…だっ! 苦しいっ、はなして…!」  激しく腰を振ると、グチャグチャという水音とともに、床に愛液が滴り落ちる。  こんなに濡らして、中は絡みつくように動いて俺を締め付けている淫乱のくせに。 \  俺は憎しみをぶつけるように、容赦なく腰を動かし続ける。  しばらくは抵抗を続けていた店長も、いつのまにか大人しくされるままになっていた。  限界を感じた俺は、より激しく2〜3度彼女の中を突いてから、ペニスを抜く。 「うっ…!」  俺が手を離したとたん、床に崩れ落ちた店長のお尻から背中に、俺の精液が白い跡を残した。 \  行為が終わると、だんだん冷静になってきた。  俺がティッシュでペニスを拭き、服を着ながら店長の方を見ると、さっきから少しも動かず、倒れたままだった。 「……」  さすがに悪いことをしたと思い、彼女の側に座って背中についた精液をティッシュで拭う。 「…大丈夫?」  顔をのぞきこむ。  どこも見ていない、ぼんやりとした目。  涙の跡が頬に残っていた。  俺はその顔を見てやっと、自分がどんなに酷いことをしたか、思い知った。 \ 「ごめん…」  彼女の頬に手を当てて、心から謝罪する。 「調子に乗りすぎた。ほんとにごめん」  ゆっくりと眼球が動いて、俺を直視する。  その目にだんだんと感情が戻ってくる。 「…帰って」  のろのろと起きあがり、俺から目をそらしてぽつんとそうつぶやく。 「ごめん、こんなことするつもりじゃなかったんだ」 「わかったから。今日はもう、帰って」  とりつくしまもない。 \  俺は仕方なく服を身につけて、もう一度店長の方を 振り返る。 「…ほんとに大丈夫?」 「うん」  俺の方を見もせずに短く答え、襟ぐりの伸びきったニットを被る。  ドアに手をかけたところで、店長が小声で言った。 「いつもそうだよね。夢中になったら何も聞こえなくなるのよ。そういうところ、ちょっと恐いわ」  俺は何も言えず、そのままドアを開けて店長の家を 後にした。 \  暗くなりそうな気持ちを振り切るように、明るい歌が流れるショッピングセンターに足を踏み入れる。  スーパーに寄って、リストを見ながら頼まれたものを揃えた。  そういえば、かすみの熱は下がっただろうか。  食欲はあるのだろうか。  俺は駅前のケーキ屋で、喉を通りやすそうなものを いくつか買って、家路についた。 \ 「ただいま…」  玄関に、見慣れない男物の靴があった。  …誰だ?  うちを訪ねてくる男なんて、心当たりがない。  俺は不安になって、慌てて家の中に入った。 \ 「あ、兄さん」 「どうした? 誰が来てるんだ?」  聞くまでもなかった。  ソファに沈み込んでいる巨体。忘れようが、ない。 「や、和馬くん。しばらくですな」 「……あ…どうも」  ハンプティ・ダンプティ――じゃなかった、金満。  かすみがかつて世話になっていた男だ。  あの時は、『後で改めてご挨拶に』などとうっかり 言ってしまったが、やばい、すっかり忘れていた。  少しバツが悪い。 \ 「いやなに、かすみが元気にやっているかと思いまし てな。ちょうど仕事でこちらに来たもので」  それにしても、相変わらずの嫌な笑顔だ。  このニヤニヤ笑いは、どちらかといえばチェシャ猫 だな。  …ルイス・キャロルが気を悪くしそうだが。 \ 「どうぞ」  ちはやが金満の前にコーヒーを置く。  ああっ、そんないい豆を使わなくても、出がらしで いいんだ、ちはやっ。 「これはどうも。いただきますよ」  金満は、ズズズズ…と下品な音を立ててコーヒーを すする。  そのニヤついた目は…あろうことか、ちはやの後ろ 姿をじっとりと追っている! 「いやあ、妹さんたちは美人ぞろいですな。お年頃の 妹さんだとさぞやご心配でしょう。ふぉっふぉっ」  かあっと頭に血がのぼる。  こ、このスケベジジイがっ!  俺の可愛い妹たちを、邪な目で見るんじゃねえっ! \ 「ちょ、ちょっと失礼…」  俺は席を立って、ちはやのいるキッチンに入る。 「ちはやっ! なんであいつを家に入れたんだっ」 「……は?」  ちはやはいぶかしげに俺を見る。 「他に、誰と誰が、奴に会ったんだっ」 「みんな、挨拶させたわよ? 当たり前じゃないの。 かすみの育ての親なんでしょう?」  みんな? みんなだと? 俺は頭を抱えた。 「あ、さやかは部活で帰ってないから、まだね。あと かすみもまだ眠っているから…」 「よし、いいか! さやかは挨拶させる必要はない! かすみが起きる前にとっとと帰ってもらおう!」  俺は一気にまくし立て、ハァハァと息をつく。 \  いかん、興奮し過ぎたようだ。  ちはやがポカンと口を開けている。 「やだ兄さん、なに言って…」 「いいな! お前ももうあいつの前に出るな!」 「…兄さんっ!」  ちはやの声には怒気が含まれていた。 「兄さんがあの人を嫌いなのは、よーく分かったわ。 でもね、かすみに会うためにわざわざ寄って下さった 方を、そんな風に帰すわけにはいかないでしょう?」 「で、でもな、ちはや…」 「今までずっと、かすみを育ててくれた人なのよ?  それをまるで悪人扱いなんて…。兄さんが、そこまで 情に疎い人だなんて、思わなかったわっ!」  しまった、ちはやの逆鱗に触れてしまった。  こうなると、こいつは頑として譲らない。 \ 「いや、実際さっきもだな、ちはやのケツを、こう、 舐めるようにジロジロと…」 「……! もう、下品なのは兄さんの方じゃない!」  やばい、本気で怒らせてしまったようだ。 「ははは……えーと。あ、そうだ。これ、お土産」  俺は買ってきたケーキの箱をちはやに渡す。  ちはやは無言のまま、それを受け取った。 「ムースとかなら、かすみが食欲なくても食えるかな と思ってさ…」 「…そうね。ありがと」  ちはやは箱を開け、苺の乗ったムースを皿に移す。  それから手早くミルクたっぷりの紅茶をいれると、 ムースと一緒にお盆に載せた。 \ 「じゃあ、これ、持って行ってあげて」 「了解」 「食べたら、下に来て挨拶するように言っといてね」 「………」  それは了解する気になれなかった。 「兄さん」  ちはやの声が1オクターブ下がる。 「……わかったよ」  俺は不承不承ながら、そう答えるしかなかった。 \  コンコン。  かすみの部屋のドアをノックする。 「かすみ? 起きてるか?」  声をかけると、 「ん……はい…」  ぼんやりとした声で返事が返ってきた。 「入るよ」  俺はそう断ってからドアを開ける。 「どう、調子は?」 「……あ、はい…。休ませていただいたので、だいぶ 良くなりました」  うつむきがちにそう言うかすみの顔色は、確かに朝 とくらべると、ずいぶん良くなっていた。  とはいえ、万全の体調とは言えなさそうだ。 \ 「あんまり無理しちゃだめだよ」  俺は机の上に、ケーキと紅茶の載った皿を置く。 「今日はほとんど何も食べてないだろう? こういう ものなら食べやすいかと思って、買ってきたんだ」  かすみはうつむいたまま、手を伸ばそうとしない。 「ほら、少しでも食べなきゃ」  俺は皿を手に取って、ベッドに腰掛けているかすみ の顔を覗き込む。 「……はい」  小さな声でそう言って皿は受け取ったものの、あか らさまに目をそらし、俺を見ようとしない。  …それも仕方ないだろう。  そう仕向けたのは、他でもない、俺なのだから。 \ 「…とにかくさ。みんな心配してるんだから。ちゃん と食べて、元気になってくれよ」  俺は無理に笑顔を作って言った。 「はい…。すみません」  うつむいたままそう言うかすみは、皿の上のケーキ をフォークで少しつついただけで、口に入れようとは しない。  俺がいると、食べにくいのかもしれない。  ここは席をはずした方がいいのだろう。 「じゃあ、俺は部屋に戻るけど…。ちゃんと食べるん だよ?」 「…はい」 \  立ちあがりドアに手をかけたところで、大事なこと を言い忘れていたのに気付いた。 「あ、そうだ」 「はい?」 「今、階下に金満さんが来てるんだ。それを食べたら 挨拶に…」  カシャン!  かすみの手から皿が滑り落ち、絨毯の上でケーキが べしゃっとつぶれる。 「……あ…あ…」  今日初めて俺の目をまっすぐに見るかすみ。  だがその顔には血色というものがまるでなかった。 \ 「ど、どうした?」  俺は慌ててかすみの側に駆け寄る。  かすみは俺の目を見つめたまま、駆け寄った俺の腕 を掴む。  その手は小さく震えていた。 「…あ…ああ…」  必死に言葉を紡ごうとするが、唇がパクパクと動く だけで、うめくような声しか出ない。 「かすみ?」  俺の腕を掴んだ指に力がこもる。  瞬きもせず俺を見つめる目に涙があふれだす。  せわしない呼吸で胸が大きく上下する。 \ 「かすみ? おい、かすみっ!?」 「…ひ…ひぅ…っ」  不意に喉を詰まらせ、指先をブルブルと震わせる。  やばい、過呼吸から来る呼吸困難だろうか。 「落ちつけ、かすみ! ゆっくり深呼吸するんだ!」 「……はぅ…っ」  俺はかすみを抱き締めて、背中を撫でてやる。 「そうだ、ゆっくり…吐いて…吸って…そうだ」  俺の腕の中でその身体を震わせながらも、かすみは 少しずつ呼吸を取り戻していく。 「そうだ。もう大丈夫だからな。大丈夫だ」  かすみの髪を、腕を、背中を、撫でさすりながら、 その頼りない細い肢体を、強く、強く抱き締める。 \ 「…お…に…さま…っ」  搾り出された声は、涙まじりだ。 「いいんだ。話さなくていい…」 「ごめ…なさ……。ごめんなさい…」 「なにが…っ」  謝らなくちゃならないのは、俺のほうだ。  自分の殻を破ろうとしているかすみを、俺の身勝手 な嫉妬で萎縮させてしまった。  兄貴失格だ。 「お兄様を怒らせるようなこと、してしまって…ごめ んなさい…。お願いですから…嫌わないで…」  胸の奥が締めつけられる。  嫌うはずがない。嫌えるはずがないじゃないか。  こんなにも、健気なかすみを。 \ 「いや、俺が悪いんだ。かすみは何も悪いことなんか してないじゃないか」 「でも…でも…っ」 「ごめん、かすみ」  やっと、謝ることができた。  なのに、かすみは俺の腕の中で、ふるふるとかぶり を振る。 「わたしが、いけないんです…。いつも、いつもそう なんです。わたしが、バカだから…っ」  いったい誰に、そんな風に言われたんだろうか。  いつも、そんなことを言われてきたのだろうか。  俺はせつなくなって、ただかすみの頭を撫で続けて いた。 \ 「あの…あの…。わ、わたしっ…」  かすみが顔を上げて俺を見つめる。  目尻に溜まっていた涙の雫が、頬にこぼれる。 「わたしっ、いい子になりますから…」 「…かすみはもう充分いい子だよ」 「なんでも、なんでもしますから…」  そんな大げさな、と笑おうとしたが、かすみの目は 真剣そのものだった。 「だから、だから…っ」 「わたしを、あそこへ帰さないでくださいっ…!」 \ 「え…?」  一瞬、かすみの言っている言葉の意味が把握できな かった。 「わたし、もっとがんばりますからっ、もっといい子 になりますからっ…! お願いですから、ここにいさ せてくださいっ」  ……。  なにを…。  なにを心配してるんだ、かすみは! 「ばかやろうっ…!」  かすみを抱き締める腕に力がこもる。 「ご、ごめんなさ…」  反射的に謝って、身をすくめるかすみの肩を、俺は 思わず揺さぶっていた。 \ 「ほんとに馬鹿だよ! なんで、なんでそんな…」 「…ごめ…なさ…」 「謝るな!」  かすみの肩がびくんと震える。 「どこへもやるはずないだろ…。お前は、俺の大事な 妹なんだから」 「……」  かすみの目にまた涙があふれてくる。 「行きたいって言っても、行かせないぞ! 俺はまだ 何一つ兄貴らしいことさえしてないってのに!」 「あ……」  かすみは、涙をこぼしながらも、ようやくかすかに 笑顔を見せた。 \ 「まったく。早合点もいいところだ。俺が、そんなに 薄情だと思ってたのか?」 「あの…。じゃ、わたしここにいていいんですか?」 「あたりまえだろ」  そう答えた途端、緊張がとけたせいか、かすみの腰 がガクンと崩れる。 「だ、大丈夫か?」 「…は、はい、すみません」  俺の手につかまって、よろけながら立ちあがる。 「金満さんは、ただかすみを心配して様子を見に来た だけだよ」 「そ…そうだったんですか…」  恥ずかしそうに、赤くなってうつむくかすみ。  つい、からかいたくなってしまう。 \ 「俺が、かすみを帰すために呼んだと思った?」 「い、いえっ! あの…」 「俺ってそんなに意地悪に思われてたんだ。ショック だなぁ…」  俺はがっくりと肩を落として見せる。 「ち、違うんですっ、そうじゃないんですっ!」  予想どおり、必死になって弁解してくるのが可愛く て、俺は落ちこんだふりを続ける。  ははっ、充分、意地悪だよなぁ。 「わたし、お兄様に嫌われたと思って、それで、それ でっ…!」  かすみは懸命に、うつむいた俺の顔を覗きこもうと している。 \ 「ごめん、う・そ」  振り向きざまに舌を出してそう言う。  ポカンと口をあけたかすみは、次の瞬間、小さな手 で俺の胸をポカポカと叩き出した。 「ひ、ひどいですうっ! かすみ、ほんとに、ほんと に…!」 「ごめ、ごめんって! こら、痛いってば」  いつまでも叩きつづける手首をとって引き寄せ、俺 はかすみをぎゅっと抱き締めた。 「元気でたみたいだな」 「…もう、お兄様いじわるです」 「嫌いになった?」 「そんなわけ…ないです」 \  かすみの小柄な体は、兄の無骨な抱擁にも抵抗する そぶりをみせない。  信頼されている。  俺は、かすみにこんなにも信頼されているのだ。  心の底から歓喜が沸き上がる。  かすみの身体の温かさ。規則正しい心臓の音。  俺はそれを感じながら、このまま彼女を離したくな いという思いにとらわれる。  馬鹿げた独占欲。それは充分承知している。  だけど、今だけは…。 「お兄様…?」  せめて、今この時だけは……。 \ 「お…にいさま…くるし…」  強く抱きしめすぎたために息を詰まらせたかすみの 少し蒼ざめた顔が、力を込めた俺の腕の中から、俺を 見つめている。 「ご…ごご、ごめんっ! 大丈夫?」 慌てて手を放してかすみを解放する。  かすみは 「はあっ…」  と息を一つついてから、弱々しく微笑んでみせる。 「平気…です」    ぞくっ。  背中が総毛立つ。  頭の芯が痺れるような、抗いがたい誘惑に。 \  ――違う。  そんなはずはない、かすみは妹なんだから。  俺は頭を振って、馬鹿げた感情を振り払う。 「そ、そっか。えっと…そろそろ、挨拶に行った方が いいかな」  俺は目をそらして話題を変えた。 「あ、はい…あの、お願いがあるんですけど…」 「ん? なんだい」 「あの…その…」  もじもじと言いよどむかすみ。 「あの…いっしょにいてくれませんか?」 \ 「え? 挨拶のときに?」 「は、はい…。お願いします」  かすみの手が、遠慮がちに俺の手を握る。  ドキン。  心臓が踊る。 「あの…だめ、ですか?」  頼られているという実感。  柔らかくて細い指を、強く握り返す。 「いいよ、一緒に行こう」 「はいっ」  俺はかすみの手を引いて、階下へ向かった。 \ 「お待たせしてすみません」  リビングのドアを開けてそう声をかける。  金満は贅肉を揺らしながら立ち上がり、いやらしい (いかん、主観だ)…もとい、満面の笑みを浮かべて かすみを見る。 「あ、あの、あの…お久しぶり…です」  かすみは、俺の手を握ったまま、おどおどと金満に 頭を下げる。  繋がれた俺たちの手を一瞥した金満は、 「これはずいぶん仲良くなったもんだねぇ。いやぁ、 さすがに血の繋がりというのは違うもんだ」  大袈裟に感心してみせる。  …嫌味っぽいな。 \ 「さ、こっちに来てよく顔を見せておくれ」 「あ…は、はい…」  かすみは瞬間俺の顔を見上げ、俺がうなずくと、手 は繋いだままトコトコと金満に歩み寄る。  その様子を見て鼻白んだような金満。 「いつまでそうやって手を繋いでいる気かね? 客の 前で失礼だとは思わんのかね」  かすみの身体がピクンと跳ねる。 「わしはそんな教育をした覚えはないんだがねぇ」 「す、すみませんっ」  かすみは慌てて手を振り解こうとしたが、俺は尚更 強くその手を握り締めた。 「……?」  困惑したように、俺を見るかすみ。 \  心配するな。一緒にいるって約束しただろ。  俺はかすみを安心させるために笑顔を見せる。 「すいません。実は、俺が頼んで繋いでもらってるん ですよ」  あっけらかんと言い放ってやる。 「……あまり過保護なのは感心しませんな」  憮然とした顔で、それでも一応引き下がる金満。  他人の家のことなど、ほっとけ! 「いやぁ、ずっと離れていたもんで、それを取り戻そ うと思うと、つい」  俺は心で罵りの言葉を吐きながら、とびきり明るい 笑顔で能天気に言ってやった。  金満は口の中で何かぶつぶつと言いながらも、それ 以上その件には触れなかった。 \  その後は、どうということのない世間話に終始し、 そろそろ奴も帰るだろうと思っていた。  しかし、そうはいかなかったのだ…。 \ 「お待たせしましたー、用意できましたよぉ」  ひなたがニコニコと部屋に入ってくる。  …用意? 「や、これはすみませんな」  金満もひなたに笑顔を返し、よっこいしょとカバン を持って立ち上がる。 「おい、ひなた。用意ってなんだ?」  俺はひなたの袖を引いて、こっそりと聞いた。 「えっとねぇ、うち客間ないでしょう? おとーさん のアトリエに泊まってもらうから片付けてたんだよ」  えっへん、と腰に手を当てて答えるひなた。  なに、泊まるだと!?  俺は目の前が暗くなるのを感じた。 \ 「ごめんなさい、この部屋しか空いていなくて。父は 当分帰らないので、ゆっくりくつろいでくださいね」  ちはやは金満のカバンを持って、アトリエのドアを 開ける。 「すぐ夕食にしますから。それとも先にお風呂に入ら れますか?」  …うちは旅館じゃないんだぞ、ちはや。 「いやいや、皆さん方の後で結構ですよ。すっかり、 ご好意に甘えてしまって申し訳ない」  即座に脳裏に浮かんだのは、風呂場で目を皿のよう にして落ちた陰毛を探す金満の姿だった。 「いや! お客さんを後から入らせるわけにはいきま せんからっ! こっちです、こっち!」  ポカンと口を開けるちはやとひなたを尻目に、俺は 金満を風呂場に引きずって行った。 \ 「タオルはこれ使ってください、じゃ」  俺は金満を脱衣所に押し込んで、その場からとっと と逃れようとした。 「まあまあ、そう焦らず。どうでしょうな、男同士、 一緒に入りませんか」  ニタリと笑う金満。全身に鳥肌が立つ。  …こいつ、男でもいいのか? 「ゴホゴホッ! いや、僕ちょっと風邪気味なので」  わざとらしく咳きこんで、慌ててその場を離れた。 \ 「兄さん、湯加減どうだった?」  そんなもの知るかと思ったが、ここでまたちはやの 逆鱗に触れるのも嫌なので、適当にうなずいておく。 「お風呂上りだったらビールでも用意しようかしら。 確か冷蔵庫に入ってたわよね」  呟きながら冷蔵庫をのぞくちはやの機嫌を損ねない よう、おそるおそる切り出す。 「なあ、なんで泊まってもらう事になったの?」 「やだ、発泡酒しかないわ。これでもいいかしら」  心の底からどうでもよかったが、一応「いいんじゃ ない?」と同意しておく。 「そうよね。じゃ、グラスを冷やして、と。で、なに か言った?」 \  …今更むしかえしてどうにかなる話でもないな。 「いや、なんでもない」 「そう。じゃあ、これ運んでくれる?」 「ああ」  俺はちはやに従って、夕食の用意を手伝った。 \ 「いやいや、美女に囲まれての食事とは、これに勝る贅沢はありませんなぁ」  周りを見渡し、鼻の下を伸ばしまくる金満。  そのあからさまなお世辞に、みさととひなたは何が可笑しいのか目配せしてクスクスと笑いあう。  思わず、箸を握る手が怒りで震える。  とっとと食っちまってこの場を離れようかと思ったが、ここを奴と妹たちだけにしてしまうのは危険な気がして思いとどまる。  そんな中、さやかはいつものようにマイペースで箸を動かし、ちはやはあれこれと気を配っていた。 \ 「…ごちそうさまでした」  かすみが、早々に箸を置く。 「今日は後片付けも私がやるから、早く休みなさい。まだ顔色が良くないわ」  ちはやの言葉に申し訳なさそうに小さく頭を下げ、かすみはダイニングを出ていった。 「やっぱり、病院に連れてったほうがいいかしら…」  心配そうに呟くちはや。 「おやおや。かすみはどこか悪いんですかな?」 「ええ、どうやら風邪気味らしくて」  金満がニタリと笑う。 「あの子は体が弱いですからな」 「あら、そうだったんですか」  ちはやは心配そうに眉根を寄せる。 \ 「いやだ、良く働いてくれるから、気がつかなくて。もっと気をつけてあげれば良かったわ…」  気落ちした様子のちはやを見かねたように、ひなたが言う。 「まぁまぁ、ちはやちゃん。これからはわたしたちも手伝うから。ね、さやかちゃん、みさとちゃん?」  静かにうなずくさやかを尻目に、みさとは素っ頓狂な声をあげる。 「へっ? あたしも?」 「あったりまえだよぉ」 「うーん。ま、しょうがないか」  うちの妹は、みんななんていい子なんだ…。  美しい姉妹愛に感動の涙がこみあげる。  しかし、次に発せられた金満の言葉で、俺の感動はすぐ打ち砕かれた。 \ 「わしはこう見えても医師の免許を持ってましてな」 「まあ…」  ちはやは素直に嬉しそうな声をあげる。 「家業を継ぐために医学の道は諦めましたが、ずっとあの子の体は診てきましたのでな。後でちょっと様子を見てきましょう」 「ありがとうございます、ぜひお願いしますわ」  心から安心したようなちはやとは裏腹に、俺の心は重く沈んでいく。  このスケベそうなおっさんが、医者だと?  間違ってる。  こんな奴に医師免許を与えたこの国を、俺は恨む。  一生恨んでやる…。 \  尊敬の念を集めるおっさんを中心に、夕食の時間は和やかに過ぎていった。  ただし、俺の周囲を除いて。 \ 「ねえ、兄さん」 「なんだよ…」  ちはやが洗った皿をその隣で拭いていきながらも、俺のテンションは下がる一方だった。  と、ため息まじりにちはやが言う。 「私がちゃんと付き添ってるから、心配しないで」  はっとして顔を上げる。  ちはやは俺がなぜ落ち込んでいるか、わかっていたようだ。 「変なことは絶対させないから。安心してよ」 「…わかった」  視線は洗い桶に置いたまま、ちはやは小さく笑う。 「まあ、兄さんは考えすぎだと思うけど」 \  …確かに、そうなのかもしれない。  いくら見た目がエロオヤジだからといって、中身もそうだとは限らないのだ。 「でも…かすみの様子もおかしかったものね」 「え…?」  ちはやは水道を止めると、タオルで手を拭きながら俺の方に向き直る。 「気づかなかった? あの子、夕食の時一度も笑ってなかったわ」  俺は食事の間ずっと腹が立っていて、かすみの様子など目に入っていなかった。  正直、ちはやの観察力には舌を巻く。 \ 「最近はいつも笑顔だったのにね。まるで、この家に来たばかりの頃みたいに、ビクビクしてた」  俺なんかよりちはやの方が、余程真っ当にかすみのことを心配しているみたいだ。  俺は何も言えずに、じっとちはやの顔を見ていた。  ちはやはそんな俺を見て、笑う。 「そんな顔しないで。私がちゃんとついてるから」 「…頼むよ」 「ん、任せて」  そう言って片目をつむったちはやは、拭き終わった皿を食器棚に仕舞い、談笑する声が聞こえるリビングに入って行く。 \ 「さて、俺はどうするかな…」  あっちは、ちはやに任せても大丈夫な気がする。  そもそもひなたやみさとなら、万が一何かされそうになったとしても、黙ってされているタマじゃない。 「……寝るか」  少し早いが、今日はなんだかものすごく疲れた。  かすみの様子だけ見て、俺も寝ることにしよう。 \  かすみの部屋の扉を軽くノックする。 「は、はいっ!?」  驚いたような声で返事が返ってくる。 「俺だけど。入ってもいいかな?」 「あ…はい、どうぞ」  ドアを開けると、かすみはさっき落としたケーキを片付けていた。 「あー、いいよいいよ。後は俺がやるから、かすみはまだ寝てなきゃ」 「いえ、これくらい平気ですから…」 「だめ。ベッドに入りなさい」  俺の断固とした調子に、かすみはおとなしく従う。 \ 「すみません…せっかく買ってきて頂いたのに…」 「あ、そういえばまだ冷蔵庫にあるけど、食べる?」  かすみはふるふると首を横に振る。 「いえ、今はもう…」 「そっか。そういや夕食も残してたしな」  俺は床を拭き終わり、雑巾と皿やカップを持って、立ち上がる。 「じゃ、おやすみ」 「おやすみなさい…」  俺は両手が塞がっていたので、足でドアを開ける。 「あっ、そうだ。あのさ、もし夜中トイレに行くのが恐かったら、いつでも起こしてくれていいからな?」 \ 「もう、お兄様っ! わたし、そこまで子供じゃないですっ」  本気で憤慨している様子が可愛くて、思わず笑みがこぼれる。 「わ、笑うなんてひどいです…」 「よしよし、その調子で早く元気になれよ」 「……知りませんっ」  ぱふっ、と頭まで布団をかぶってしまう。  どうせまた夜中に蹴飛ばしてしまうくせに、と思いながら、俺はかすみの部屋を出た。 \