「興味ある? あるなら話すけど」 「聞かせてもらおうじゃないか」  知ってる、とはどういうことだ。  知り合いなのか、何か良からぬ噂でもあるのか。 「あ、僕のど乾いちゃったな―」  ……こいつは。  俺は無言で少し先にあった自販機に走った。 「ほら」  よく冷えた烏龍茶を差し出す。 「わーい、さんきゅ」  中沢はそれを受け取ると、 「んじゃま、ここで立ち話もなんだから、そこの公園ででも」  そう言って、先に立って歩き出した。 「あのオッサン、金満正三だよね? 正解?」  俺は黙って頷く。 「あ、やっぱりね。まあ、見間違えようもないよね、あの俗物面」  中沢はベンチに座って、烏龍茶の缶を開けた。 「僕さ、結構あちこちの企業から声かけられててさ」  それは知ってる。 「あのオッサンの経営してる総合病院も、ちょっとは知ってたりするんだけどさ」  そこで俺の顔を覗き込んで、ニヤリと笑う。 「ろくでもないよー。あのオッサン」 「…どういう風に?」 「んー、まあ金に汚いっていうのが、ひとつ。一代で一財産築いたわけだから、まあいわゆる成金だ。商才はあったんだろう。それはまあいいとして」  烏龍茶を一口飲んで、少し考えるようにうつむく。 「あのオッサン、ずっと独身らしいんだけどさ。噂では男性の機能がないらしいんだな」 「…つまり、それって」 「簡単に言うと、インポテンツってやつ?」  …だからなんだっていうんだ。  あんな奴の性生活になど興味はない。 「なんか事故か何かが原因らしいけどね」 「…推測ばかりだな」 「まあ、所詮、噂だからね」  中沢は笑う。 「そいで、成功した奴の悪い噂ってのは、話したくてしょうがない奴が多いからさ」 「…で?」 「ああ、うん。で、まあ機能はなくても、性欲自体はあるらしくてさ。しかも、こういう場合、どうしても歪んだ形になるわけよ」  なぜか背筋に悪寒が走った。  そんな話は聞きたくない。  すごく嫌な予感がした。 「あくまでも噂よ? 噂だけど…」  そう前置きして、中沢が話した内容は、予想以上にショッキングなものだった。  金満は、地元で大きな病院をいくつかの他に、老人ホームや養護施設などを手広く経営しているらしい。  その中に、ドメスティック・バイオレンスの被害者のためのシェルターもあった。  日本中に数多あるその類の施設と同じように、暴力を受けた女性を助けるための、慈善を目的とした施設である。  だが、裏で金満が経営するその施設は少し違った。  金満は、行き場を失って逃げ込んできた女たちから自分好みの女を選んでは、仕事を世話するという名目で屋敷に連れ帰った。  女性たちは屋敷に監禁され、決して満たされることのない金満の性の欲求の捌け口にされているという。  近所では、夜な夜な女性の悲鳴や呻き声が聞こえ、たいそう無気味がられているらしい。  異様なほど警備が厳重な屋敷は、限られた使用人の他は出入りする人間もなく、逃亡は不可能に近い。  何とかして逃げ出した女も過去にはいたらしいが、その後の消息は知られていない。  噂によると、金満の経営する病院に死亡記録があるという。  拷問の末、殺されたというのが大方の見解である。  というような事から、地元では誰もが金満を怖れ、その機嫌を損なわないよう、脅えながら暮らしているらしい。 「まあ、単なる噂だけどね」  中沢は肩をすくめると、烏龍茶の残りを一気に飲み干した。  俺は途中から完全に言葉を失っていた。  膝が震え出すのを押さえるので精一杯だった。  …かすみが、今までそんなところに?  いや。  あくまでも噂だと中沢も言っている。  しかし、火のないところに煙は立たない。  ましてや、こんな異様な話が、何もないところから沸いてくるものだろうか?  いや。  しかし、かすみは。  かすみがそんな環境で育ったようには、とても思えない。  だが、あの金満は。  そして、かすみの金満に対する、なぜか脅えたような態度は…。 「おーい、来生くぅん?」