アトリエのドアを開け、例の鏡の前に立った。  部屋の電灯は点けずにあらかじめ用意していた懐中 電灯のスイッチを入れ、フレームのボタンを押す。  昼間と同じようにカチリと小さな音を立てて、鏡が 壁から離れた。  俺はその隙間に、するりと身を滑りこませる。 br  足の裏が感じる、コンクリートの冷たい感触。  初夏だというのに、この寒々しさはなんだろう。  俺は軽く身震いをして、鏡のドアを振り返る。 「……あれ?」  昼間入った時には気づかなかったが、鏡はマジック ミラーになっていて、無人の部屋を映し出していた。  親父の趣味は理解しがたい。理解したくもないが。 \  念のためドアの内鍵をかけ、俺は階段へと足を踏み 出した。  歩調に合わせるように揺れる懐中電灯のオレンジ色 の光が、否応無しに緊張を高めていく。  突き当たりに、周囲の打ちっぱなしのコンクリート と不釣合いに重厚な、金属製のドアを確認する。  今更だが、俺は不安になりはじめた。  本当に入ってしまってもいいのだろうか。  知ってしまうと引き返せない何かが、ここにはある ような気がして、ドアノブを握ったまま逡巡する。 br 「…ここまで来て、引き返せるかよ」  誰に言うでもなく、あえて言うなら自分自身にそう 言い聞かせて、俺はその重いドアを開けた。 \  黴臭いような、何かの腐臭のような匂いがかすかに 鼻につく。  俺は電灯のスイッチを探し、それを点けた。 br 「……うわ」  剥き出しのコンクリートが寒々しい床とは対照的に 壁は防音材が張り巡らされている。  家具らしい家具と言えば、病院のベッドのような鉄 パイプのベッドと、スチールの棚がふたつ。  たたんだパイプ椅子が壁に立て掛けてある。  電灯も天井から下がった裸電球ひとつ。  床にも違和感があった。  よく見てみると、わずかな傾斜があるようだった。 \  部屋の端に、剥き出しの水道の蛇口があった。  側には巻き取られたホース。 床に排水溝があり、壁には紐がスイッチになっている 旧式の換気扇。  部屋の中とは思えない、まるでガレージかなにかの ようだった。 br  異様な部屋の空気に圧倒されながら、俺はスチール の棚の方へ歩き出す。  何かがあるとすれば、ここぐらいだろう。  棚の扉を開けると、おびただしい数のスケッチが棚 からこぼれ落ちた。  派手な音を立てて床に散らばったスケッチを拾い集 めながら、その内容に俺は息を飲んだ。 \  それらのスケッチは、あきらかに性交中の女を描い たものばかりだった。  歓びとも苦悶ともとれるような表情の女。  上から見下ろしたような構図、後ろから犯している 構図、あるいは下から見上げた構図…。  いくつかのバリエーションはあるものの、それらは おそらくすべて性交中に描かれたものだろう。  素人目で見ても線は荒れ、だが妙な勢いがあった。  俺の脳裏に女を犯しながらスケッチブックにその姿 を写しとっていく狂気じみた親父の姿が浮かび、心底 ぞっとした。 \  モデルの女は一定ではなかった。  髪の長い女、短い女、痩せた女、豊満な女…。  じっくり見ているうちに更に異様なスケッチがある ことも分かった。  男性器を模した玩具を膣に挿入された女だの、身体 中を皮の拘束具で拘束された女だの、尻に巨大な浣腸 器をあてがわれた女だのといった変態じみたものだ。  吐き気がした。  女にこんなことをした上で、更にその様子を冷静に スケッチしている男。  俺は、その男の血を確実に受け継いでいるのだ。 \  俺は溜息をついて、確認済みのスケッチをベッドの 上に置いた。  棚に目をやるとまだまだ紙の束が残っていて、うん ざりする。  きっとあれも、同じようなものだろう。  精神が疲弊していくのを感じ、スケッチのチェック は後回しにして、他にめぼしいものがないか探してみ ることにした。 br  上段のガラス扉の棚には、ダンボール箱がいくつか 並べられている。  嫌な予感を抱きつつ、その中のひとつを手に取って 開けてみる。 \ 「うわっ…!」  思わずそのまま箱を投げ出しそうになった。  見覚えのありすぎる浣腸器と数本の透明チューブ、 白いホーロー製の洗面器などが無造作に入っていた。  何に使った物なのか想像できるだけに、ただの医療 器具が妙に禍禍しく見える。  急いで箱を閉じて元の場所に戻し、隣のダンボール を手に取る。 「おわっ…と!」  それは予想外に重く、またもや俺は箱を取り落とし そうになる。  その拍子にちゃぷん、と液体がゆらぐ音がした。 「液体…?」  見たくもない、と思った。 \  おそるおそる箱を開ける。  …重いはずだ。  ガラス瓶に入った液体がぎっしり詰まっていた。  ラベルを見ると、グリセリンやエチルアルコールな どの薬品類のようだ。  これも封をして元に戻す。 br  正直、これ以上調べる気力は萎えかけていた。  親父がろくでもない人間であることは分かっていた が、もはや異常性欲者としか思えなかった。  妹たちにこの部屋のことは、とても教えられない。  俺は溜息をついてベッドに腰掛けた。 \  ゴロリと寝転んで、天井の裸電球を見上げる。  広さにして8畳以上はあるだろうこの部屋には弱々 しすぎるちっぽけな白熱電球だ。  蛍光灯のように健全で明白な明るさを持たないそれ は、曖昧なオレンジの光で部屋をぼんやりと照らす。 「…変だな」  薄暗くてじめじめしたこの部屋に、俺はなぜか心が 安らぐのを感じて奇妙に思う。  かつては親父と女たちの欲望に濡れたのだろう寝具 の上で、俺は胎児のように丸くなって目を閉じた。 \ 「ん…」  身震いをして目を開ける。  どこだ、ここ。俺はなにを……。 「……ヤバっ!」  しまった、眠ってしまったらしい。  慌てて飛び起きた拍子に、足元に重ねてあった絵を 踏んでしまう。  それを引っつかんで棚に突っ込み、スチールの扉を 乱暴に閉める。 「くそっ」  なにかが挟まっているのか扉はなかなか閉まらず、 何度もガチャガチャといわせていると、小さな包みが 床に落ちた。 \ 「なんだ?」  透明のチャックがついたビニール袋。  毒々しい色のカプセルや白い粉末が収まっている。  …またややこしいものが出てきた。  どうせろくなものじゃないだろうが、念のため中沢 あたりに調べてもらおう。  袋をポケットに入れて、スチール棚の扉を閉める。  今度はあっさりと閉まった。 「あっ、そうだ、時間…」  俺は急いで地下室を出て、アトリエに続く階段を駆 け登った。 \  鏡のドアの前まで来て、まだ夜であったことに安堵 の溜息をつく。  今度からは腕時計を忘れずにつけてこないと。  俺はそっとドアを開けてアトリエへと戻った。 br  まず部屋の時計をチェックする。 「3時か…」  たいした時間、眠っていたわけではないようだ。  しかし、結局のところ叔母について何も分かっては いなかった。  もう一度地下室を調べるだけの時間は残っている。  だが、このまま調査を続けるにしても、腕時計は 持って来ておいた方がいいだろう。  俺はとりあえず一旦部屋に戻ることにした。 \  しんと静まりかえった廊下を忍び足で歩き、自分の 部屋のドアに手をかける。 「……?」  静寂に包まれているはずの俺の部屋から、速い呼吸 音が低く漏れ聞こえてきた。  俺は急いで部屋に入り、電灯を点けた。 「かすみ?」  すやすやと眠っていたはずのかすみが、真っ赤な顔 をして身体を震わせていた。  俺の声に気づいて薄く目を開ける。 「かすみ、どうした? 大丈夫か?」  かすみは、一瞬悲しそうな目で俺を見たが、力なく 再びまぶたを閉じた。  目尻をつうっと涙が伝う。 \  どうしよう。かなり苦しそうだ。  かすみのおでこに手を当てると、やはり熱っぽい。 「起きられる?」  聞いてみたが反応はない。  激しい呼吸で布団が小さく上下している。  やはり救急車を呼ぶべきだろうか?  それとも…。 br 「まってろ、かすみ。今、金満さんを起こしてくる」  俺の言葉にかすみはもう一度目を開ける。 「大丈夫、すぐ戻るから」  俺はかすみの返事を聞かず、部屋を飛び出して階段 を駆け降りた。 \ 「ふむ…」  金満が難しい顔をして脈を取ったり、熱を計ったり している。  それを俺と一緒に、他の妹たちも見守っていた。  さっき慌てて階段を駆け降りた時、途中で足が滑り 転げ落ちてしまい、皆を起こしてしまったからだ。 「よくわかりませんが、そんなに心配する必要はない でしょう」  言いながら金満は、ぐったりと力の抜けたかすみの 身体を抱き上げる。 「でも念のためにもう少し詳しく診てみましょう」 「よろしくお願いします」  かすみを抱えた金満のためにドアを開ける。 \  ちはやが金満に先立って階段を降り、客間のドアを 開けて待っていた。  それ以上、俺たちにできることはなにもなかった。 br 「ねえ和馬。かすみ、大丈夫だよね…?」  いつになく心細そうな声でみさとが訊ねてくる。 「だ、大丈夫だよぉ。あの人が心配ないって言ってた もん…。ね、お兄ちゃん?」 「え? ああ、大丈夫だよ」  金満が心配ないと言うのだからそうなんだろう。 「起こして悪かったね。もうお休み」 「うん…おやすみ、和馬」 「お休みなさい、お兄ちゃん」  皆それぞれの部屋に帰って行く。 \ 「ん? どうした、さやか」 「…兄貴は大丈夫?」 「え、俺? 俺はなにも…」  さやかは小首を傾げて、じっと俺の目を見る。 「…そう? だったらいいけど。おやすみ」 「あ、ああ。お休み」  欠伸をしながら、さやかも自分の部屋へ入った。 br 「はぁ…」  溜息をつきながら、ベッドに腰掛ける。  今夜はいろんなことがありすぎて、もう眠れそうに なかった。  もうちょっとしてみんな眠ったら、またあの部屋に 行ってみるか…。 \  アトリエから拝借してきた煙草に火をつけて、乱れ たままのベッドに横になる。 「うわ、冷てっ!」  腕にひやりとした感触が走って慌てて飛び起きる。 「まさか…」  そのあたりを手で触ってみると、確かに水をこぼし たような染みがあった。 「おねしょ…かな、やっぱ」  いや、かすみは責められない。  とても自分で立ってトイレに行けるような状態じゃ なかったんだから。  俺は布団からシーツを剥いだ。  布団も朝になったら干さなくちゃな。 \  汚れたシーツを丸めながら、ふと奇妙だと思う。  さすがにもう誰もおねしょなどしなくなったが、妹 たちが幼かった頃は、しょっちゅう誰かが夜中に布団 を濡らしていた。  あの鼻につくアンモニア臭は、たとえ布団を干して もなかなかは取れないものだ。  ところがこのシーツからは、それが少しも漂っては こない。  ろくに食ってないと匂いも薄くなるのか? 「あ…着替え、持って行った方がいいかな」  さっきの様子じゃ、金満はおねしょに気づいていな いみたいだった。  風邪だとしたら、濡れたパジャマで身体を冷やすの はよくない。 \  俺は、かすみの部屋のタンスから新しいパジャマと 下着を出して、金満の部屋に向かった。 br  コンコン。  遠慮がちに客間のドアをノックする。  返事はない。 「……金満さん?」  小声で呼びかける。  やはり返事はない。 「……」  眠っているのだろうか?  俺はドアノブに手をかけ、そっとドアを開ける。 「あの、すいません、かすみの…」 \  部屋の中は無人だった。 「…あれ?」  電灯はつけたまま、金満の荷物もそのままだ。  まさか、病院へ連れて行ったのだろうか?  いや、でもそれにしては玄関が開いたような気配は なかったし、だいたい一言あるはずだろう。 br  ドクン。  心臓が高鳴り始める。  なぜか嫌な予感がした。  とても嫌な予感がした。 br  俺はアトリエのドアの前に立っていた。 \  …まさかそんなはずはない。  金満はかすみにとっては父親も同然だ。  馬鹿なことを考えるな。  俺は自分にそう言い聞かせながら、アトリエのドア を開けた。 br  部屋の中はさっき俺が出た時と同様に、暗く静まり 返っていた。  窓から入る月明かりだけが、部屋を照らしている。  例の鏡の前に立った。  青白く浮かび上がる、幽霊のような俺。  何かに促されるように、俺はぼんやりと鏡のドアを 開けて中に足を踏み入れる。  ひやりとしたコンクリートの感触に鳥肌が立った。 \  ……考え過ぎだ。  この部屋を金満が知るはずはないじゃないか。  そうだ、きっと洗面所かキッチンにでもいるんじゃ ないのか。  頭の中は俺の予感を否定するのに忙しく回っている のに、足は吸い寄せられるように階段を降り、地下室 のドアを目指している。 br  金属のドアを目の前にして、俺は一瞬躊躇する。  俺の考えは、ただの妄想に過ぎない。  だからさっさとこのドアを開けて、それを確認して しまえばいいのだ。  誰もいないこの部屋を、確認してしまえばいい。  俺はドアノブに手をかけ、一気にドアを開けた。 \  現実感がなかった。  まったくこれが現実だとは思いたくなかった。 br 「何を…している…?」  俺の声は無様に震えていた。  ベッドの上で、金満が顔を上げる。  全裸のかすみの股の間から。  口の周りをテラテラとした液体で濡らした金満も、 また裸だった。  俺の手から力が抜け、着替えのパジャマがパサリと 乾いた音を立てて石の床に落ちた。 「おや、この部屋をご存知だったとは」  落ち着き払ったその声は、俺の怒りを呼び覚ますに 充分だった。 \ 「貴様っ…!」  俺は金満に殴りかかった。  金満はベッドから転げ落ちて、床に尻餅をつく。  ぶよぶよと弛んだ脂肪が床の上で波打つ。  醜悪な肉塊。  それを俺は立ったまま睨みつけていた。 「ふ…それでご満足ですかな」  ニタリと不敵に笑う金満。 「……っ!」  頭に血がのぼった俺は、倒れたままの金満の脂肪で 弛んだ腹に、続けざまに蹴りを入れる。  金満はくぐもった呻きを漏らし、床に吐瀉物を撒き 散らした。  俺は満足し、ようやくかすみに視線を移した。 \  大きく脚を開かされたまま、かすみはきつく目を閉 じて、小さく震えていた。  いけないと思いながらも、俺の目はその露わな股間 に釘付けになる。  青白く、血管が透けて見えるような内腿との対比も 鮮やかな、充血した紅いヴァギナ。  裸電球の光を反射してキラキラと輝く分泌液は、薄 汚れたマットの上にも大きな染みを作っている。  濡らしてやがる…。  あんなことをされて、感じてやがる…。  再びムラムラと怒りが腹に充満してくる。  いや、それは純粋な怒りではなかった。 \  ギシッ…!  ベッドが軋む音に、かすみは目を開けて脅えた視線 を向ける。 「……」  その目で俺の姿を確認して、かすみの頬がさっと朱 に染まった。 「…恥ずかしいか。そうだろうな」  再びぎゅっと目を閉じたかすみの耳元で囁く。 「あんな男にいい様に弄ばれて感じてるんだものな。 そりゃあ恥ずかしいよな」  言いながら俺はかすみの脚の間を指でくすぐる。  かすみはビクッと腰を震わせて長い溜息を吐いた。 「感じやすいんだな…。今までどれだけあいつとヤリ まくったんだ?」 \  固くなって存在を主張しているクリトリスを、指で 押しつぶす。 「……!」  ビクビクとかすみの腰が跳ね、俺の手に熱い飛沫が かかった。 「もうイったのか…。こんな簡単にイクのか。知らな かったよ、お前がこんなに淫乱だなんて」  かすみは再び目を開けて、悲しそうに俺を見る。  目尻に溜まった涙が、つうっと頬に流れた。 「ん? 否定しないのか? …できないのか」  俺は自分のパジャマを脱ぎ捨てた。  股間では痛いほどにそそり立ったペニスが脈打って いる。  かすみの目に再び脅えが走った。 \  俺はだらしなく開かれたかすみの脚を手で抱える。  緊張したように不自然な固さがあった。  それがどういう意味を持つのか、考えるだけの冷静 さは俺にはもはやなかった。  膝の後ろを持って、薄い胸の方へと押しつける。  濡れたヴァギナがぱっくりと開いて、俺を誘うよう に息づいていた。  半ば開きかけた小陰唇を指で広げ、そこにはちきれ そうになった亀頭を押しつける。  先走りの露と愛液が潤滑油になって滑る。  かすみの唇が大きく開き、眉間にしわが寄った。  だが、それだけだ。  抵抗するそぶりもなく、悲鳴すら上げない。  俺はそのまま一気にペニスを捩じ込んだ。 \ 「……!」  挿入の瞬間、かすみは息を飲んだ。  顔が仰け反り、内腿の筋が引き攣れたようにピンと 張り詰める。  ズクンズクンと脈打つように膣が締め付ける。  あれほど濡らしていながら、それでも中はかなりの キツさだった。  痛いほど締め付けられ、動くのもままならない。 「く…すごいな、こりゃ」  かすみは涙をたたえた目を見開いて、俺を見る。 「なんだ? 動いてほしいのか? ほら」  俺はギチギチと締め付ける膣からゆっくりとペニス を抜き出すと、また一気に奥まで打ち込んだ。  かすみは固く瞼を閉じて、深く息を吐く。 \ 「思いっきりイかせてやるよ。ブヨブヨのおっさんと ヤルよりもいい思いさせてやるさ」  俺は、床にのびている金満の弛んだ腹としおれたよ うなペニスを一瞥してそう言い、動き始めた。 「……だ…め…」  ようやくかすみが声を出した。  ほとんど聞き取れない、吐息のような声だった。 「うん? ああ、平気だよ、俺たちは本当の兄妹じゃ ない。知らなかっただろ? いや、お前は知ってたの かな」  かすみは答えない。  ただ、わずかに首を振ったように見えた。  いや…快楽に震えているだけか。 \  グチュグチュと湿った音が結合部から漏れる。  かすみの膣内は、最初よりは少し柔らかくなってい るような気もするが、あいかわらず強く俺のペニスを 食い締めている。 「う…だめだ、もう…っ」  快感が背筋を駆け上っていく。  乱暴なほどに強く、かすみの膣内を擦り上げる。  たとえ今、首筋にナイフを突きつけられたとしても 腰の動きを止めることなど不可能だ。 「ううっ…!」  俺はひときわ強く腰を打ち込むと、かすみを抱きし めながらその中で果てた。 \ 「はぁっ…」  気が遠くなるほどの長い射精を終えて、息をつく。  体を起こすと、顎の先から汗がぽたりとかすみの腹 に落ちた。  その腹から胸が、しゃくりあげるように震えている のに気づき、かすみの顔を見る。  頬に涙が幾筋も流れて、ベッドマットに小さな染み を作っていた。 「……そんなに泣くほどよかったのか?」  かすみがうっすらと目を開けて、俺を睨む。  ぞくっと何かが背筋を走る。  よせよ…。そんな目で見られると、また欲望が頭を もたげてくるじゃないか。  俺はそっとかすみの頬に手をやって、涙を拭う。 \ 「…くくっ」  背後から低い笑い声が聞こえ、俺はかすみから跳ね 退いた。  床にうずくまった金満が、巨体を揺らしていた。 「何が可笑しい?」  俺はベッドから降りて、金満の横に立った。 「安心しな。これからは俺がかすみを可愛がってやる よ、お前の代わりに」 「ふん…かすみも可哀想に」  反射的に金満の横顔を蹴り上げる。  金満は呻いて床に転がった。 「お前の世話になってるよりましだろう。他の妹には ばれないように巧くやるさ。この部屋もあるしな」 「まだ分かっていないようだな」 \ 「…何がだ」  金満は血と吐瀉物にまみれた顔を上げ、顎でかすみ を指した。 「かすみの処女はどうだった? よかったかね?」 「…処女?」  ぎくっとして振りかえる。  いまだ開かれたままのかすみの脚の間からは、俺の 精液がこぼれおちていた。  その白濁はわずかに血液らしい赤が混じって、薄い ピンクがかっていた。 「なん…で…」  俺は愕然とした。  かすみの処女は金満がとっくに奪ったものだと思い 込んでいた。 \  当たり前じゃないか、あんな風にかすみを…。  かすみだって抵抗もせず金満に身を任せていたじゃ ないか…。  かすみは膣から精液を垂れ流しながら、まだ身じろ ぎひとつしない。  ここへきてようやく俺はその不自然さに気づいた。 「かすみに…何を飲ませた…?」  昨夜、栄養剤だと言って金満が飲ませた錠剤が脳裏 に浮かんだ。  そして、俺のベッドが濡れていたことも。  腹の中で熱い塊が燃え上がる。  自分がしたことへの後悔と、金満への怒りが。 \ 「そもそもなんで…この部屋のことを知ってるんだ」  俺は、壁に立てかけてあったパイプ椅子を掴んで、 金満に詰め寄った。 「かすみの母親に聞いていましてな。それからかすみ に飲ませたのは、身体の自由を奪う薬ですよ」  かすみは抵抗しなかったんじゃない…動けなかった んだ。どうしてすぐに気づかなかったんだ。 「媚薬も入れた私のオリジナルブレンドですが、な」  くくっ、と金満は笑い声を漏らした。  かっと頭に血が上り、俺は金満に向けてパイプ椅子 を振り下ろした。  ガツンという鈍い音がして、金満の頭から血が吹き 出す。 \ 「なんの…ために…」  俺の声は震えていた。  まんまとこの男の策略に乗せられた愚かな自分が、 許せなかった。 「なんのためにこんなことを仕組んだ! 答えろ!」  ガツン!  もう一度椅子を叩きつける。  答えろと言いながら、何度も椅子を打ち下ろした。  自分の矛盾に気づくには、俺はあまりにも動転しす ぎていたのだ。 br  やがて金満はぐったりと動かなくなった。  俺は肩で息をしながらパイプ椅子から手を離す。 \ 「…くそっ」  血まみれの金満を起こし、傷を調べる。  ごく浅い傷だ。致命傷にはなりえない。  呼吸も脈も正常だ、死んではいない。 br  俺は腕時計を見た。  もうすぐ夜明けだ。  いつまでもここにいるわけにはいかない。 br  棚の中を漁って銀色の手錠を見つけ、それで金満の 手とベッドの脚を繋ぐ。  どうしたらいいのか分からないが、とりあえずここ から逃げ出すことができないように。 \ 「…死んだの…ですか…?」  いきなり背後から声をかけられ、ぎくりとして振り 返ると、かすみがベッドから半身を起こしていた。 「いや…。死んではいないよ」  俺は気まずくてかすみから視線をそらして答える。 「そう…ですか…」  ギシッとベッドが軋んだ。  かすみが立ち上がろうとしている。  俺はふらついているその身体を支えた。 「ごめんなさい…」  かすみは震える声で謝る。  なんでかすみが謝るんだ。  謝るべきなのは、俺の方なのに。 \  かすみの太腿を、破瓜の血が混じった精液が流れ落 ちる。  正視できずに、目をそらした。 「どう…するんですか…?」  かすみが手錠で繋がれた金満の方を見て訊ねる。 「うん…」  どうしようか。正直何も考えていなかった。  激情に任せて暴れただけの、ただの馬鹿だ、俺は。 「とりあえず、帰ったことにしよう。奴の荷物と靴を ここに運ぼう。みんなが起き出す前に」 「はい…」  かすみは素直に頷く。  不思議と共犯者めいた感情があった。  かすみは何もしてはいないのに。 \  部屋の隅にある水道でかすみの身体を綺麗にしてや り、新しいパジャマを着せる。  俺もパジャマを身につけ、まだよろけているかすみ の手を引いて地下室を出た。 br 「大丈夫。ちゃんと責任はとるよ」  コンクリートの階段を昇りながら、うつむいたまま のかすみにそう告げる。  そう、大丈夫だ。従姉妹なんだから。  ちはやたちにもちゃんとそう話して、時期がくれば 婚約して…いずれ結婚すればいい。 「……」  かすみは黙ったまま、でも繋いだ手を強く握り返し てくれる。 \  酷いことをした俺を許してくれるのなら。  俺はこれから先の人生、ずっとかすみを守るから。 br  鏡のドアの前で立ち止まる。  マジックミラーの向こうには、白んできた空。  俺はかすみに向き直った。 「さっきの…痛かっただろ? ごめんな」  かすみは静かにかぶりを振る。 「平気…です…お兄様なら…」  胸の奥が締めつけられる。  俺はほとんど泣いてしまいそうだった。  かすみはまだうつむいていて、表情が見えない。  俺はかすみの顎に手をかけて、上を向かせた。 「あ…」 \  暗くてよく分からなかったが、俺の手がその頬の熱 を感じていた。  可愛いとか、愛しいとか…いろんな思いがない交ぜ になって、俺はかすみにくちづけた。  驚いたように目を見開くかすみを腕の中に抱き込ん で、何度も、何度も唇を重ねる。 「ん…はぁっ…」  かすみは息を弾ませて俺にしがみつき、俺はそれに 応えるように一層激しく舌を絡ませた。 br  ポケットの中の手錠の鍵と地下室で見つけた謎の薬 が、ふたりの身体の間でその存在を主張している。  これからの不安を今だけは忘れようと、俺は長い間 かすみを抱きしめ続けた。 \